いろはにぴあの(Ver.2)

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旋律を思いっきり引きたてるか?

 一つの曲でもプロのピアニストたちの演奏を聴き比べると発見がある。特に自分が弾いている曲については妙に厳しい聴き方になり、これは私の思う演奏ではない、とひとりごちたりする。特に自分がなかなかできるようにならなくて困っているところができていないように聴こえたりすると厳しくなる。(一方自分が弾いていない曲に対してはかなり甘いような気がする。)
 たとえばメンデルスゾーンのプレストアジタート。某所で聴き比べた。ちょっと迫力が足りないように感じたり、反対に迫力はあるけれど荒いのでは、と思える演奏があった。もちろん自分のことは高い棚に上げている(汗)。メジューエワさんの演奏も聴いた。迫力ありましたね。でもちょっと荒い感じもした。一方厳格なる変奏曲は素晴らしかった。堅実な構成力がくまなく発揮されているような気がした。
 反対の意味で極端に思えたのがエフゲニー・ザラフィアンツ氏この演奏(残念ながらネット上での音源はありませんでした)。右手が「レーレ―レレ― レファーミ♭レ―ド♯ド♯ーレ」と始まるところで驚愕。その下の和音、例えば最初のレの下にある「ソシ♭」が全く聴こえす、旋律と左手のバスだけが響いているのだ。そして和音が聴こえない現象はずっと続き、移行部ともいえるところでやっとかすかに聴こえるという徹底ぶり。徹底的に楽曲分析した結果だと思えるし、和音をうるさく弾いてしまう傾向のある私からしたらうらやましい限りだが、ここまで徹底していたら、本当に和音を弾いているのか、ソプラノだけ弾いてごまかしているのではないかと疑いたくなっている。もし弾いているのだとしたらこれは驚くべきことだ。ただ、あまりにも整理整頓されすぎて、プレストアジタートらしき荒々しさが弱まっているような気がした。しかし自分の思いに反して和音がうるさい演奏をしがちな私からしたら、あの研ぎ澄まされた感覚を含め近づくべき演奏スタイルの一つのように思えた。でもこの技は手の大きい方ができることなのかもしれないなあ(汗)ちなみに同じCDにはハイドンのソナタも入っていた。こちらはその楽曲分析による整理ぶりが見事な形となって現れ、大変すっきりとした美しい演奏になっていた。
 そう考えてみたら田部京子さんの演奏はその中間をいっている感じで程よいのかもしれない。小菅優さんの生演奏もラフォルジュルネで聴いたのだけど、自分が書くのは大いに僭越なのだが、プレストアジタートはちょっとぴんとこなかった感じ。他の曲の演奏の影に隠れてしまったような感じだった。
 いろいろ書いてしまったが、ザラフィアンツ氏の、音に徹底的にこだわり旋律やバスを極端に引きたてた演奏にかなりの衝撃を受けたのは事実だ。

 ちょっと脱線するが昨日のス○ップのアドバイザーの先生が話されていた。思いが音になっている演奏は人に伝わってくる。しかし、難しい曲になって音が増えると、弾くのに必死になり音を聴いていくのが難しくなると。そういう意味でも難しい曲は難しいのかもしれない。速く弾くところも、初めは丁寧にゆっくり練習していても、だんだん雑になりそれらしく弾けたらいいようになってきたりして、合わせてみたら右といつのまにかずれていたりする。音の多い曲はごまかしがききそうかもしれないが、そういうごまかしもちゃんと聴こえている。しかしそういうことだけに向いていたら「思い」がいつの間にか消えそうになったりする。整然と弾かれていても、無機質だったらつまらないし。。。難しい。
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by noco_003 | 2010-05-30 17:05 | ピアノ、音楽
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