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無知だったあのころの「聴いて聴いて」

 このごろ更新率が高いです、このブログ。毎日20人ぐらいの方が読みに来てくださいます。gooのときはいつの間にか100人を超えていました。そのときと比べたら落ち着いたのだと思います。もっと増えてもいいのかな。でも無理しないでおこう。

 人前で弾くことについて畏れを抱くようになっている今日この頃ですが、その真反対だった時期があったのを思い出しました。とくにレッスン再開前や広島でのサークル開始前。ハノンで指がちょっと動くようになり、ちょっとした曲が弾けるようになるとうれしくなるものです。「ピアノ」「ピアニスト募集」「伴奏募集」という字を見ただけで興奮していた状態でした。お店やイベントで「ピアニストによる演奏」なんていう文字を見ると私が出て行ってもいいのかな、と勝手に思ったり(^^;)伴奏やBGMというのがどんなものかも知らなかったですからね~そのときは。無知というのはかくも幸せで恐ろしいものでしょう。
 だから大人になってからのレッスン再開時や広島でのサークル開始時は「弾きます」「聴いて聴いて」と言わんばかり。「あれは曲になってなかったよ」と再開時の先生に言われるようなすさまじい演奏だったと後で分かったのですが、そのときは人にピアノを聴いてもらうのがうれしくてとにかく「弾きたい弾きたい」「聴いて聴いて」状態でした。先生にグランドピアノを薦められたこともありましたが、高いし大変そうだから自分には縁がなさそう、それよりなんでそういうものを薦められるのだろうと思っていました。ひょっとしたら私はグランドピアノを買ってもいいぐらい将来性があるのかも、と都合のいいうぬぼれ解釈をしたような記憶も(爆)。先生は単にごく普通のアドバイスをされていただけだったのですが。譜読みもレッスンの曲もだけどそれ以外も含めとにかくたくさんしたほうがいいと思っていた気がします。ソナタアルバム1巻を雑ながらも譜読みして白昼夢みたいになっていた時期もありました(爆)そしてどこでもかしこでも自分の実力はさて置いてとにかく「弾きたい弾きたい」状態(爆)無知と言うのはなんという罪なものでしょう。
 それが発表会で自分の録音を聴いたり、レッスンを受けたりなどして人から学んだりしているうちに、だんだん自分の実態と現実が分かってきました。そのころレベルは全く違うのですが、中村紘子さんの書いた「ピアニストという蛮族がいる」という本の、日本からヨーロッパに留学し基礎からのやり直しを言われ深く落ち込み自殺したピアニスト久野久さんの話に心動かされたのを覚えています。でも考えてみたら当然ですよね。中学生になって辛うじてソナタアルバムに入ったものの、そのときには打鍵の基礎は言うまでもなくツェルニーすら真剣にやっていなかったという状態だった人がいきなり吹っ飛んだように人前でどこでも弾けます、と思うこと自体がおかしかったのだと今になったら分かります。ステップなどではもものすごく上手なのに「人前で弾くのは初めてです」なんていう方がいたりしますよね。そういう方たちを見るともう恥ずかしいのなんの。そのときのことを思うと穴に入りたい~~~でも周りの人たちは温かかったです。ピアノが好きだということだけは伝わっていたのでしょうか?
 
 今も正直いうとその延長をまだ行っているような気がしたのですが、少なくとも「畏れ」は生じるようになりました。無知度も少しは減りました。フレージング、完全な脱力、正しい打鍵の方法が気になるようになりました。ただ反対に「畏れ」だらけになって弾くのが怖くなったらそれはそれでつまらないな。あのころは無知だったけど確か「音楽を楽しむ心」「のびのびした心」は持っていたはず。せめてそういう心は取り戻したいしやっぱり大切にしたいです。
 技術も大切だけど、やっぱり音楽は心だと思うから。
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by noco_003 | 2010-06-19 16:37 | ピアノ、音楽
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