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ショパンDVD実況中継!?

 2月に行われたショパンコンサートのDVDを観ました。旦那が帰ってきてから観ようと思っていたのですが、ついに観れるときがやってきました。

 素敵なアレンジの出だしから始まりました。いつも素敵に編集してくださってありがたいです。
 いきなり紫色のノースリーブのブラウスを着た人が出てきました。私です。はりきってます。やるぞという勢いはあるのですが相当力んでいます。ノースリーブでの本番はそのときが初めてだったのですが、このように映るんだと思いました。これから腕にも気を付けないと。全体的に姿勢に気をつけようと思っていたのかもしれませんが、やたらと後ろにふんぞり返っているように思いました。
 最初のワルツ11番、いきなりなんだこりゃという状態。ひどいですね~。間違いが間違いを呼び、焦っているのが伝わってきます。速さも一定ではなくなってます。途中から我に返ったのかもしれませんが、だれたような感じです。
 マズルカ47番。この曲は開始前に堂々と客席にお尻を向けて椅子を直しているという図々しさ。マナー違反です。(後である方からご指摘いただきました)始まりは平常心だったのですが、音が全体的に硬いです。もっとやわらかく弾きたいのに~。がんばっているというのだけが伝わってくる感じでした。
 即興曲2番。長い曲なので最も心配でした。出だしは思ったよりもいい感じ。ちょっと急ぎ過ぎたかもしれません。しかし前半の盛り上がるところがいけませんね。大きくダイナミックに響かせたかったのに、ただ鍵盤を叩いているだけで全然響いていませんでした(涙)。後半の細かいところはうまく弾けた、のではなくてごまかしていたようです。実はいろいろと間違っているのですが(汗)集中力が切れそうになっていたのも分かります。
 前奏曲20番。思い切って弾いたつもりでしたがもっと強弱の変化をつけたかったな。しかしつけられるような音の出し方ができていないのだと思えました。こうしたいという思い、あとからあとから出てくるものです。

 その後黒いセーターを着た人が出てきました。旦那です。堂々とした感じです。そして椅子が高い。音色も柔らかいので重力奏法をしているのかとも思います。(本人は全く自覚がありません)しかしあの椅子の高さは私には決して真似できません。それにしてもスタミナのある演奏でした。本人は間違えたところを見つけてはここ間違えたと言っていましたが。。。

 DVDを観た後旦那がピアノの部屋にそそくさと向かったのは言うまでもありません。

 自分の演奏の下手さ加減は脇に置いておいて、後で見たらこのDVD、もっとなつかしい気持ちになれそうな気がします。ありがとうございました。
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by noco_003 | 2010-06-05 23:15 | ピアノ、音楽

人工肉

 昨日「ビートたけしと7人の賢者~未来への選択」という番組を見ていたら、「人工肉」というのが登場した。「人工肉」なんてなんだかあやしそうだと思いながらも見入ってしまった。

 人類が食べる肉の消費量は爆発的に伸びており(正確なところは調べていません)、そのままいくと豚や牛などの家畜の肉を食べ続けられなくなるだろうと言われている。第二次大戦中飢えに苦しんだ一人のオランダの男性が、永遠に食糧不足にならないように、そして肉を食べ続けられるような世の中であるようにという思いから、人工肉をつくろうと呼びかけた。オランダ側ははじめはあやしそうだということでその呼びかけに対する反応が鈍かったのだが、彼の熱意ある説得により、実験が行われることになった。金魚の筋組織から細胞、そして魚肉がつくられたというアメリカでの実験も後押しになったようだ。
 そしてついに、オランダのアイントホーフェン工科大学で生きた豚の細胞から人工肉が作り上げられた。この研究では生きている豚の筋肉細胞を採取し、たんぱく質などを含む培養液で育て、高電圧をかけることによって刺激を与え細胞を運動させることによって、筋組織を作ることに成功したという。筋芽細胞は動物の胎児の血液からの栄養分で増殖したという。
 スラッシュドットジャパンの記事から

 出来あがった肉は透明で1.5cm×0.5cmの小さいもので、味もほとんどしないという。血液の成分から出来ているヘモグロビンや鉄分なども含まれていないので、加える必要があるという。またこれだけの肉をつくるのに2億円かかっている。しかし文化圏が肉を食べる文化であるということもあり、オランダは人工肉の分野では最先端を目指したい、と述べられていた。そして、現在はそのような状況でも、10年後には人工ひき肉、そしてソーセージを作ることができるだとう、と言っている。1頭の家畜から100万頭分以上の食肉を作ることも可能になるとのことで、温室効果ガス削減にも効果があるとのこと。屠殺も伴わないためベジタリアンからも反論はないだろう、とのことである。ただ生命倫理の面で反論があるかもしれない。。。

 発想としては面白いし、実現できたらすごいことだと思う。ただコストは問題かも。実現となると、人工肉を作るのが、普通に家畜育てるコストより安くならないと厳しそうだけど。それ以前に食べてみたいか、ということがありますね~。人工だと分からないように美味しくならないと、なかなか食べたいと思わないような気が。

 ところで人工肉といえば、植物性たんぱく質をもとにする、という考え方もあるようだ。Wikipediaによると日本でも農林水産省の進めた研究計画で大豆タンパクを高温・高圧で固め、豚肉などに近い歯応えを持たせたものも開発されたそうだ。しかし生産コストが高くて実用化は断念。やっぱり厳しい?

 そういえば肉を控えるとCO2が大幅に削減でき、温暖化も防げる、という意見も出ている。ポール・マッカートニーもそのようなことを言っていたそうだ。確かに1kgの肉を得るためには1000トンの水が必要だということらしいし。

 しかし美味しいものは美味しいからなあ。お肉の美味しさは今の状態では他のものには変えられなそうだしなあ。

 ちなみに昨日、郵便局からもらっていた期限切れのくじの葉書がでてきた。葉書を貰って以降郵便局に行く用事がなかったので放置していたのだ。景品に特産宮崎牛と言うのが出ていた。それだけ宮崎牛は美味しかったのだ、と改めて思った(遅すぎ)。しかしこちらではあまり宮崎の食品は見かけないです。いや、探し方が足りないのかしら?
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by noco_003 | 2010-06-05 11:20 | 気になったこと

無謀かも知れないけど挑戦します

 実は、私、ピアノであるものに出ることにしたのです。
 心に秘めておきたい気持ちもあったのですが、そうしていることにどんどん罪悪感が生じてしまいまして。。。

 それは、コのつくもの。ものすごい暴挙です、言うまでもなく初体験。人体実験みたいなものです。卒倒しないでね~反乱おこさないでね~。その前に天変地異がきそうですね。なぜならどう考えても出る人が違うじゃん、と思えるから(自分が思ってどーする)。

 実はです、あのステップ後、悔いが残り、レッスンであの曲をもう一度本番に出してみたい、という話をしたところ、もういちどステップにでるのなら、コのつくものを体験してみてもいいんじゃない、という話になったのです。
 考えてみたらこの2曲をしばらく弾いてきたし、そういうチャンスもめったに味わえるものではない、と思えてきたのと、「経験してみる」ということが大切だと言われたのと、私自身、思いだけでも熱いピアノ愛好家としてこのような経験をするというのも意義あることではないだろうか、と思えてきたのもあり、「はい」とうなずいてしまいました。さらに厳しいというのが分かってるのに。

 ちょっと安心したのは、いろいろなステップで顔を観た人たちも経験されていそうだ、ということです。いや、それは安心材料にもならないかな。

 でも書いたことでほんとうに「その気」になりました。パソ頻度も減らし(でもそう言いながらまたなんか書きそうだけど)、よき実験材料になるように(?)、練習に励みます!
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by noco_003 | 2010-06-03 22:25 | ピアノ、音楽

心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」

 久しぶりに本紹介。
 名越康文氏による『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』だ。瞬間、ってなんだか音楽とも関係していそうだ。説得力ある内容だと思ったので紹介する。

例えば
 迷ってばかりだったり
 煮え切らない自分に嫌気がさしたり
 仕事、いや外に出ることさえ憂鬱になったり
 人とうまくいかなかったり
 自分のそして周りのふがいなさに嫌気がさしたり
 そういう中でとにかく嫌な気分でいっぱいになったりしたとき

もともと人の内面は、シリアスになりやすい。その理由としては、人間の精神の成り立ちの根本的な部分には、言葉にすれば「欠落感」「さびしさ」が植わっているからなのではないかと名越氏は述べている。それには重いものと軽いものとがあるが、放っておかずにきちんと対応する必要があるのではということだった。また感覚が更新しにくい生活環境になっているということもその原因にあるようだ。

大切なことは
 誰もが大なり小なり、閉塞感にさいなまれていることを認識しよう、そして閉塞感は身体感覚としての実感も伴ったりするので健康にも気をつけよう
 未来と過去のことにとらわれすぎず、「今、ここ」の「過程」に集中する
 くよくよ悩むのはアクセルを踏みながらブレーキを踏んでいるようなもの
 幸せも不幸もずっと続くわけではない、いいこともいやなこともずっと続くわけではない
 同じことをしていても「中身」を実感すること
 ストレスから逃れるために、集中力を高める、目の前のことにちゃんと取り組む
 「意思」と「感情」とを混同しない
 「気分転換」はまず日常生活から見つけるべき
 「籠ろう」という気持ちを乗り越え切り替えていくこと
 「貢献感」は人が生きていくうえでとても重要
 周囲との「つながる」力を持つことが必要 
 
 いやな気分になっている場合、その原因、そしてどのように付き合っていけばよいかについても書かれていて、その人が悪いわけではない、でも工夫したほうがよいということがちゃんと書かれているのがこの本のやさしさだと思った。

 問題はいかに自分がそれを実践できるかだ。
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by noco_003 | 2010-06-03 11:59 |

 今朝見た夢。私は鳥取県の音楽系の学校を受験していた。しかし自信はほとんどなかった。合格発表の日程も忘れるぐらい。パソコンをあけた。パソコンの画面には

 あなたは結果が知りたいですか?

とでてきた。そしてしばらくするとたくさんのパンの写真が登場し、受験者の名前も書いてあった。説明によると、アンパンマンの人は合格、他のパンの人は不合格だということだった。私の名前はアンパンマンに書いてあった。やった~。
 しかし寮生活になるし、入った後が相当大変だと思ったが、こういうこともあるんだなあ、と思っていたら目が覚めた。

 旦那が明日帰ってくる。うれしい。
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by noco_003 | 2010-06-01 08:08 | 近況

無題

 私はなぜこのブログを書いているのだろう?
 自分を見失わないため、というのが一番にあるような気がした。

 それにしても人がいい、と思うものと自分がいい、と思うものとは違うようだ。そしてどちらかと言えば、自分が持っていないものに対して人はうらやましいと思うようだ。
 今日教えていた生徒さん、私の字を見てこう言った。「字がきれいでいいなあ」
 一方その生徒さんはテニスができて活発、一方私は運動音痴。「テニスができるほうが楽しいよ」と私は言った。生徒さんは「いや、字がきれいなほうが絶対にいいって」
 そういうわけで私は運動神経のいい人に対して無条件にうらやましく感じるところがある。ピアニストの久元祐子さんも「個性は肉体、人との差異ではない」とおっしゃるし。この言葉、かなり衝撃的でした。欲を言えば学生時代に知っておきたかった、この言葉。差異を見つけようと必死になるのって、結構きついと思うんだ。人の本質にも反しているような気がするし。実生活では差異に対して厳しい目で見られることも結構多いのに、就職活動では差異を探すように個性を求められていると思われる今の学生さんも本当に大変だと思う。
 
 ちなみにピアノのレッスンは感覚の交流のような気がした。どのようなイメージ?と聞かれ、適切な言葉が思い浮かばず、もちろん適切な動きも出来ず、いい音だという判断も危ういのだが、なんとか弾いていて、自分でも自覚がないのだがあるとき「これがいい音なのよ」と言われることがある。私が感じる「いい」と先生が感じる「いい」とのずれをいかにうまく縮めていくかということなのだけど。。。感覚の交流は知識の交流に負けじおとらじ大変だ。
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by noco_003 | 2010-06-01 00:46 | 近況
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